レポート | 天泊
黒部第三ダム(仙人ダム)建設時、黒部川に沿って資材運搬に利用された日電歩道が現在は登山道として利用されている。昭和11年から始まった欅平〜仙人谷間の軌道トンネル掘削工事は大変な難工事で、岩盤温度160度を超える高熱帯にぶつかり完成が絶望視される事態となった。また、冬季も休まぬ突貫工事のため、志合谷で起こったホウ雪崩では鉄筋の宿舎が土台以外全て反対側の崖まで吹き飛ばされ、多くの人命が失われた。工事の様子は吉村昭の「高熱隧道」に詳しい。仙人ダムの手前、阿曾原谷にこの隧道から引き湯してできたのが阿曽原温泉。高熱隧道の湯と呼ばれる。
【ルート】
欅平から阿曽原温泉までの道は、水平歩道と呼ばれる絶壁に刻まれた幅1メートル前後の細い登山道を歩かねばならない。ほぼ全行程が、切れ落ちた遙か200メートル下方の黒部川を足元に眺めながらの歩行となる。登山地図に記されたコースタイムは5時間20分だが、正直に言うと7時間かかった。ちょっとは慣れてすたすた歩いた帰りでも6時間。雨という生憎の天気で気を遣ったため疲労も大きかった。
でも面白かったのが、ツレに関して。ツレは雨の中の登山も始めてだし、歩行時間も今回が最長、さらに背負わせた荷物も今までより重かった(といっても8kgに抑えた)のだが、途中で足運びがきちんと山歩きの歩き方に変化したこと。それなりに厳しい場面になると身体は対応するもんなんだなと。
【幕営】
トロッコ電車には始発に乗ったのだが、阿曽原に到着したのは夕闇迫る午後4時。テント泊予定なので料金はテン場使用料一人500円プラス入浴料一人300円。
テン泊を選んだのには理由がある。阿曽原温泉ではひとつしかない露天風呂を15:30から20:30までの時間に限り1時間おきに男女交代で利用することになる。小屋泊りだと他の登山者と相部屋となるから、夜の早い登山者が寝静まる20時過ぎでは下手に部屋を抜け出せなくなってしまう。混浴狙いの自分にとってこれは大変な不都合。朝もゆっくりはできないので、時間が自由になるテン泊しか考えられなかった。おかげで荷物が削りに削っても18kg以下には落とせなかったのだが。
なお、阿曽原温泉は山小屋だから宿泊の予約が無くても泊まれるが、食事の準備の都合もあるので宿泊予約は入れておいた方がいい。予約がないと到着時間によっては食事にありつけない場合も考えられる。山小屋ルールとして当日キャンセルでもキャンセル料は必要ないので、悪天の場合は予約があるからといって無理はしないこと。但し、必ずキャンセルの連絡を入れないと、遭難と勘違いされていらぬ捜索費用を支払うハメになることも有り得るので注意。
【混浴露天風呂】
阿曽原温泉の露天風呂はテン場からさらに下に下りた所にある。コンクリでできた長方形の湯船があるだけの、極めて質素な造り。脱衣所なんて物は無いから、湯船の横に敷かれたスノコの上に脱いだ服を置く。雨が降っていたから厄介だった。荷物から傘を削らなかった自分の用心深さを褒めたい。
湯船のある奥側には高熱隧道へ通じる横坑が口を開けており、高熱隧道からパイプによりこの横坑を通って湯船まで湯が引かれている。パイプから出てくる湯はかなり熱い。この反対面にあるパイプからは水が出ており、混ざってちょっと熱めの丁度良い温度になっている。
湯船から見る景色は深山幽谷そのもの。だが特別見晴しが良いわけではなく、取り立てて他とは違う魅力というのも見つからない。しかしここまでの道程があってこその感動が、これまたひとしおだ。夜と朝に入浴したが、混浴時間にはどちらも入浴者は一人もいなかった。どちらも大粒の雨に祟られたのが残念。
【余談】
さて、ここまで来たのなら当然その先の仙人温泉まで行くことを考えるのは当たり前だが、ぶっちゃけそれは断念した。四日間プラス予備日を二日と予定して入山したのが、仙人温泉までのルートが前年より付け替えられてアルプス三大急登の順位を入れ替えると言われる厳しさに変わったことと脚の疲労を天秤にかけ、無理をするのは止めておいた。回復すると読んでいた雨がちっとも上がらなかったことも気力が萎えた要因のひとつ。
ちなみに宇奈月まで下りると雨は無く、翌日などは抜けるような青空。一瞬後悔しかけたが峡谷の奥を見るとどんよりした雲が垂れ込めており、ああ今日も雨だったなと自分を納得させる。なお、仙人温泉小屋は10月最初のこの週が営業最終週となり、長い冬の休業期間に入る。
最後に、このルートは特に難所というわけではないが、下の廊下と水平歩道の区間で毎年のように必ず事故が発生している。自分らの行った一週間後にオリオ谷で猿に驚いた女性登山者が滑落して大怪我をしたそうだ。谷筋に入り込んだ場所だったから30メートルの滑落で済んだが、場所が場所なら墜落、命がない。阿曽原までの往復だけだとしても安易な入山は控えた方が無難。山岳状況の確認と登山届の提出は富山県警(076-441-2211)へ。