これはまだ私が一人旅の気楽さに目覚め始めた頃のお話です。
訪れたのは、群馬県の『たんげの湯・美郷館』。朝、昼ともに部屋食な為この宿にしたのです(現在は違うらしいです)。一人旅で、カップルや、賑やかなグループに囲まれての食事ほど嫌なものはないですからね・・・・。この頃はまだ、混浴のお風呂に入る勇気もない頃でしたので、男女別に分かれた露天で男性の裸を見る事になろうとは、頭の片隅にも浮かばず、すっかり安心しきっておりました。
ここの露天は、いったん宿の玄関から出て、渓流沿いに山の方に歩いたところにありました(現在は、さらに新しい露天が出来ているそうですが・・・・)。着いて早速浴衣に着替えて露天に向かい、かなり立派なつくりの休憩どころをぬけて女湯の暖簾をくぐろうとしたとき、隣の男湯のほうから賑やかなおじちゃんたちの笑い声が・・・・・・
「5、6人はいるような気がする盛り上がり方だな、嫌だなぁ・・」
繰り返しますが、この頃は、知らない親父の前ですっぽんぽんになってタオルも巻かずに入浴できる今の私など想像も出来ない頃でした。隣に男性が入浴しているだけで私はビビッテしまったのです。
それでも『えいっ!』と覚悟を決めて入った女湯には、先客のおば様が3人ほど・・・。騒ぐことなく静かに入浴していらしたので、聞こえるのは、隣のおじちゃん達のでかい笑い声だけ・・・・。よく聞くとみょ〜〜にハイテンションなような・・・。もしかして、しこたま酔ってる?語尾が怪しいぞ。そんなんで風呂入ったら身体に悪いぞー。心臓ストップしても知らんからなー・・・
それでも湯船から望める目の前の渓流の美しい眺めに、しばしボ〜ッと、お湯に浸かっていると、お隣からこんな会話が・・・。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫、平気だってばよ〜。」
「怪我するぞ〜、若くねぇんだからよ〜!」
「平気だってばよ〜、足腰鍛えてんだからさぁ〜、ガハハハ!」
果て、いったい何のことやら?左側の仕切りの向こうから聞こえてきた意味不明な会話。景色に見惚れて長湯していた為、茹だった脳みそでは、理解不能。
湯船の縁にひじ枕状態で渓流を眺めてた私の視界に、突然前触れもなく、大の字状態で股間のせがれも露わに流れに落ちてく親父の裸体が!!!!!
びょえぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!
スローモーションのように鮮明に見ちまったじゃね〜かよ!
そう高さもなく、水量もない、可愛らしい渓流だったので、おじちゃんは、照れ隠しの笑顔を浮かべながら、落ちた時に擦りむいたらしい出血した膝小僧をかばいながら、ゆっくりと岩を登ってきます。
「いやぁ〜、油断したら、滑っちまっただよ〜、気をつけねぇとなぁ」
オイオイ、そーいう問題じゃないだろー!
しかも落ちてもただじゃ帰りたくないらしく、岩につかまりながらしっかり女湯覗いていた。あんた、ただものじゃないね。恐れ入ったよ、その根性。
無事お風呂まで上りついた親父が、女湯の情報を仲間に自慢げに語っている声が仕切り越しに聞こえてきた。
綺麗な景色だけが記憶に残るはずが、おじちゃんの息子の悲しげに流れに漂う姿が上書きされました。