数年前、八月に栃木方面へ行く都合が有り、ついでに塩原に寄った。本来なら、この時期の塩原の露天は、私でも敬遠したくなる程、虻の多い時期なのだが、なかなか来る機会もないので、無理して「岩の湯」と「不動の湯」に入って行くことにした。
つり橋の所から見下ろして見ると、「岩の湯」には、子連れで来ているらしい二組の若夫婦が入っている。しかも、片方の奥さんがすごい美人だ。( これは、ぜひともご一緒させていただきたい。 ) と、思ったが、手前の方で服を脱いでいる五人組のオバサマがいる。これでは、定員オーバーだ。残念ながら、先に「不動の湯」へ行くことにする。
「不動の湯」に向かう山道を歩いて行くと、そちらから歩いて来た数人とすれ違った。何故か、爺さんはにやにやしていて、オバサマ達はあきれ顔をしている。私は、「不動の湯」も満員だったらたまらないので、彼らに様子を訊いてみた。すると、爺さんは
「ああ、あれは入るもんじゃない。見るだけにしときなさい。」
と、なにか要領を得ない返事が返ってくる。そこで、オバサマ達にも訊いてみると
「人はいるけど、すいてるわよ。」
「でも、入るのはお勧めできないわね。」
「そうね、あんなのを見せられちゃうとね。」
と、意味深でいながら、やはり要領を得ない返事が返ってくる。
「まあ、行けば解るから。」
何か、考えようによっては、カップルが濡れ場の真っ最中であるようにもとれるのだが・・・
「不動の湯」に着いてみると、そこはとんでもないことになっていた。
確かに、若い ( 二十歳位の ) カップルが入っていた。しかし、そこで繰り広げられていたのは、濡れ場どころではなく、阿鼻叫喚の坩堝と言った所か?
ものすごい雄たけび、罵詈雑言、悲鳴。
その主は、湯舟のまん中で、全裸で仁王立ちになっている女の子で、群がってくる虻に、タオルを振り回して応戦している。で、彼氏はというと、隅の方でタオルを頭にかぶり、首まで湯につかって、虻と彼女が跳ね上げるしぶきから身を守っている。彼女は、私がいるのに気づかない程、取り乱していたので、彼氏に話して彼女にも湯に浸かってもらった。彼氏に言われて初めて、私に気づいた彼女は、赤面して大人しくしている。
先ず特技その一を披露した。私は、飛んでいる虻、ハエ、蜂などを叩き落とすのができるのだ。タオルを硬く絞ると、びしびしと叩き落とした。
次に特技その二? 実は、私はやたらと虫に好かれるのだ ( 臭うのか? ) そこで、自分をおとりにして残りの虻を引き寄せ、ほとんど叩き落とすことができた。
ふと気がつくと、二人ともあちこち刺されている。虫に刺され易い私は、毒抜き ( 当時は、まだ珍しかった ) や、消炎剤入りの薬を持ち歩いていたので、彼らに提供してあげた。処置が早かったせいか、じきに腫れも退いて落ち着いて話ができるようになった。彼らは、東京から来ているそうで、虻を見たのも初めてだと言う。彼女に至っては、蜂だと勘違いしていた。体にとまっても、刺激しないでじっとしていれば、刺されないと思っていたと言う。どうりでたくさん刺されていたわけだ。
「不動の湯」を出た後、一緒に「岩の湯」へ行った。ちょうど誰も入っていなくて、また、こちらは虻も少ないので、のんびり入る事ができた。
しばらくして、OLの三人組がやって来て、彼女が入っているので安心したらしく、一緒に入って来た。彼女等も東京からで、カップルも交えて話がもりあがった。おかげさまで、若い女の子に囲まれる感じで、混浴を満喫できた。
OL達が、「不動の湯」へ行く話を始めた時、虻の話が出た。すると、カップルの彼女が
「このおじさん、虻取り名人だから、一緒に行ってもらうといいよ。」
と、変な紹介をしてくれて、もう一度「不動の湯」へ行くことになった。
虻がいた為、若い女の子達と混浴できたようなもので、この時ばかりは虻に感謝してしまった。