そう、あれは、朝の日差しうららかな、過ごしやすい秋のひとときであった。
私は岐阜県栃尾温泉にある荒神の湯を目の前にし、その当時はただの砂利敷きであった駐車場に車を停めたのだ。現在とは違って、ここ荒神の湯は、男女別の湯船が用意されていたが、男女を遮るものはといえばお互いの湯船の真ん中にある背丈ほどの大きさの岩だけであった。そして周りからは何も遮るもののない、全くもって不謹慎なくらい丸見えの環境であった。あ、一応説明しておくが、駐車場や道路側からは脱衣所の建物が邪魔になって、丸見えというわけではない。
駐車場にはすでにワゴン車が一台止まっていて、私はそのワゴン車のすぐ隣り、駐車場の一番左端に車を停めた。私が車を停めるとほぼ同時に、隣のワゴン車から小さな子供二人とまだ若い夫婦の家族連れが出てきた。子供たちははしゃぎ、若い夫婦は微笑みながら子供たちを連れ、露天風呂に向かった。
しゃあない、ちょっと時間をずらして、家族水入らずの邪魔はすまい。それが粋ってもんである。
私がそう決めた時、古ぼけたダークカラーのセダンが駐車場に滑り込んできたのだ。乗っていたおやじは、もちろん家族が入浴中など知る由もなく、白いタオルを肩に引っ掛け何にも気にせず露天風呂に入っていった。
せっかくの家族水入らずが…。
一人の無粋なおやじによって、せっかくの家族水入らずが邪魔されることを、私は残念に思った。しかし貸し切り風呂でもあるまいし、それも仕方ないことである。私は気持ちを静めるため、一服でもしようと車の前に回り込んだ。駐車場は露天風呂より少し高い位置にあり、露天風呂を真正面に眺めるように立った私の目の前には、脱衣所の小屋がでんと構えてある。左側はちょうど女性用の露天風呂側である。そして、脱衣所の脇からは…。
見えてる…
露天風呂の周りで走り回る子供を素っ裸で追っかけている若いお母さんの姿が、植木の隙間を通してはっきりと見えていた。静めるどころか、逆に高ぶってしまった。
いかん、見ちゃいかん…。そう思いながらも、子供たちを追いかけながらぶるんぶるん揺れるダイナミックな胸に、目がくぎ付けであった。
暫くしてやっと子供たちはおとなしくお風呂に浸かり、お母さんはほっとしたように湯船の縁に腰を下ろした。と、いきなりお母さんが胸を抱えてうずくまったのだ。何事が起こったのか? 持病の癪であろうか?
いや、そうではなかった。見ていると、先程のおやじが湯船の縁を回り込んでふらふらとやって来たのだ。酔っぱらってんのかこのおやじ、と思ったが、湯船の外にはホースのつながった水道の蛇口が有り、どうやらその水を出しに来たようであった。しかし、そこは女湯である。それ、反則…。
精いっぱい身体を隠す彼女の様子など意に介することなく、やがてゆっくりとおやじは戻って行った。結局水をどうしたのか、何しに来たのかは良くわからなかった。彼女は身を屈めたまま振り返り振り返り、おやじが消えたと見るやダッシュで脱衣所に駆け込んで行った。かわいそうに…。そして彼女は、もう戻ってくることはなかった。残された子供たちが、不思議そうに母親の去っていった先を眺めている姿が、よりいっそう不敏であった。
とんでもないおやじである。お前、絶対のぞきに行ったんだろう。わざとらしい、厚顔にも程がある。
すけべおやじに思いっきり憤慨する私であった。
その一部始終を見ていたお前は…? というツッコミが聞こえるが、そんなことは言われるまでもないので、このさい無視します。