とある温泉であったこと。
そこは、旅館の焼跡に残る無料の野湯であった。私は久し振りの温泉にわくわくしながら、いざ入らんとタオルを肩に掛け鼻歌まじりでそこに行ったのだ。
そこには先客がいた。若いカップルだ。いや、普通であればどうということはない。若いカップルが仲良く温泉に入っている、ただそれだけのことだ。ところがこのカップル、温泉に入っている訳ではなかった。湯舟の縁に腰掛け、足だけを温泉につけ、何やらいい雰囲気で語らっているではないか。もちろん服は着たままで…。水虫かい!と心の中で突っ込むことは忘れない。
なにせ野湯なものだから、目隠しのある更衣室なんてない。温泉に入るためにはそのカップルの目の前で一枚一枚服を脱ぎ、ストリップのように全裸にならなければならないのだ。最初から裸ならまだ良かったかも知れないが、服を脱ぐという行為はとっても恥ずかしいものである。それは男であっても、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
温泉では見知らぬ者同士でもお互いに裸だから恥ずかしさがないのだと思う。集団で覗きにくるおばさん連中や、混浴に女性が入っていると見学しているおやじたちなど、もっと裸でいる人のことを考えて欲しい。また、水着で入る人などがいても、裸の方は心細いというか、妙に恥ずかしく感じてしまうのだ。
私はもじもじしながらこのカップルに向けて、「入るんなら入れよ。入らないんならとっとと帰(けえ)ってくれ。」と念波を送った。しかしこのカップル、そんな私の姿なんて、てんで眼中に無い。ちょっとは気づいてくれよぉ。
いつまでもそこに突っ立っているのもなんだなぁと思い、私は結局もじもじしながら服を脱ぎ、そわそわと温泉に入ったのだった。くそ、落ち着かなかった…。
せっかくこんないい露天風呂に来たんだから、ちゃんと服を脱いで入ろうよ。