もう10年以上昔の話になるが、伊豆の熱川温泉の海沿いに、半地下になっている無料の温泉があった。私と友達は二人で、買ったばかりの私の中古車に乗って、伊豆ドライブの途中たまたまそこを訪れたのである。確か、20万円程で買った、日産シルビア3ドアHB ZSE-Xという、女に飢えた若い野郎にぴったりな名前の車であった。今だったら、恥ずかしくてとても乗れたもんじゃない…。
その温泉はコンクリートでできた半地下で昼でも薄暗く、なんだか淫蕩な怪しい雰囲気の温泉であった。湧かし直してないので温度は低く、人肌より少し暖かい程度。男女別に浴室があった。なぜここに行ったのかというと、宿も取らずに伊豆周遊旅行に出ていた私らは、風呂に入りたくてあちこちの旅館を当たってみたのだが、その頃といえばこの熱川辺りでは日帰り入浴なんてまだどこでもやっていなかったのである。諦めて食事に寄った食堂のおばちゃんが、そんな私らの姿を見て教えてくれたのがこの温泉だったのだ。
その頃は私もまだ温泉初心者であった。底が砂利敷きの湯船に浸かって、ぬるいぬるいと文句を言いながら入る。おそらく源泉そのままの湯なのだろうが、お湯の違いなんて分かるはずもない。
隣の女性用浴室で人の気配がした。いきなり黙り込む私たち。全神経が隣の物音に集中した。ざざぁ、ちゃぽーん。私らの血液は頭と股間の2ヶ所だけにしか流れなくなっていた。今すぐここを飛び出して行って、隣を覗きたい。それは、抑えようの無い衝動であった。いやぁ、若かったなぁ。
耐えきれずに、私は立ち上がった。その時である。
「ふぅ〜」と聞こえてきたのは、そう、お察しの通り、それなりに年輪を積み上げた声であった。
絵に描いたようなネタである。
ひねりも何もないオチである。
しかし、まだ温泉ブームも若者の間ではそれ程浸透していなかった時代なのだ。これが現実であった。
燃え尽きたように私が振り返ると、そこにも燃え尽きた友達の顔があった。「じゃあ、先、出るわ…。」力なくそう言って、私は先に一人でその温泉を出た。
あれから7,8年後に訪れた時には、そこは瓦礫の山となっていた。それを見た時、私はなんだか少し寂しく感じてしまった。
今もしそこで入浴したならば、いったいどんな感想を持つかなぁ。