数年前、正月休みに、白樺湖のスキー場へ行きました。三時過ぎまで滑って、帰りに、蓼科の小斉の湯に立ち寄りました。ご存知とは思いますが、ここは、「男湯に女性が入るのは構いません。」という形式の混浴になっています。(女性専用もあります。)混浴可とは言っても、普段は女性が入って来ることは滅多にありません。ですが、正月ということもあり、何組もカップルやグループも入っていました。私は、年甲斐も無くスノーボード派だったので、若いカップルと話がはずみ、楽しい一時を過ごしました。
他のカップルと大学生のグループが出て、そのカップルも上がることになりました。女性が、手ぬぐいのみでの入浴で、出るときに裏まっぱになってしまうので、大学生のグループが出るのを待っていたそうです。小さなおしりをプリプリさせて脱衣所に走っていきました。ところが、男性の方の様子が妙です。男子脱衣所の戸を少しあけて中の様子を伺っているみたいです。しばらくして、二人の男性が脱衣所から現れ、入れ替わりに、カップルの男性が逃げるように脱衣所に飛び込んで行きました。
「うわっ」
そうです。脱衣所から現れたのは、古風なボディーアートを全身に施した、目つき、顔つきのするどいお兄さん達だったのです。私と、奥に入っていた二人のお爺さん達は、出るタイミングを失って風呂の中で固まってしまいました。入れ替わりに出て行ったりすると、まるで逃げるように思われてしまうかもしれません。
「おちつけ、おちつけ」
こういう人たちと風呂で一緒になるのは、これが初めてではありません。横目でそっと様子を伺います。
おちついた感じです
絵は、背中と胸部で、人目につきやすい部分にはありません
伝統的な柄です
色は少ないけど、隅々まで着色されてます
「よかった」
下っ端やチンピラではないようです。怖いのは、下っ端やチンピラで、部下を持っているような人なら、素人さんに危害を加えるようなことはしません。私たちは、彼らを刺激しないように、大人しく風呂につかつていました。
「失礼するよ」
彼らは、私たちに礼儀正しくあいさつすると、洗い場のところできちんとかかり湯をし、下半身も丁寧に洗ってから入って来ました。
そのとき、脱衣所の戸が開いて、男の子が二人走り出て来ました。続いて、女性用脱衣所からも、数人の女性が入って来ました。そう、彼らは、家族で来ていたのです。私はほっとしました。安全が確保されたと思ってもいいでしょう。
彼らは、一般の客よりもはるかに、マナーやしつけにうるさく注意しています。風呂に走りこもうとした男の子たちは、静止させられて、しっかりと体を流してから、静かに風呂に入るように言われていました。女性たちは、軍艦巻きで来たのですが、やはり、タオルを外して体を流すように言われていました。奥さん達はともかく、娘たちは、中学生と高校生位だったので、かなり恥ずかしそうでした。風呂に入っても、子供たちがさわいだりはしゃいだりする度に、きっちりと叱っていました。
「ここはおふろで、遊ぶ場所じゃない。」
「今日は貸切ではなくて、他所の人と一緒にはいっているのだから、皆さんが迷惑するような行動は控えなさい。」
叱るだけでなく、諭すような話し方です。かえって、一般の親子連れにも見習ってもらいたいところです。
しばらくすると、そばで入っていた私にも、会話を振って来るようになりました。先ほどまでの様子からすると、失礼なことを言わなければ、ふつうに話しをしても大丈夫そうです。
彼らは、職場の同僚だそうで、家族ぐるみで兄弟のように付き合っているそうです(同じ組で、義兄弟ということでしょうか? 詳しくは知りません)。家族同士で、貸切風呂での混浴はよくやるそうですが、娘たちが大きくなってからは、一般の混浴風呂には入ってなかったそうです。(高校生で、混浴デビューで、いきなりの「まっぱ入浴」はかなりハードだと思うぞ)
お決まりの、「何処から」から始まって、景色や渋滞やスキー場の話などをしました。私は、日帰りでしたが、彼らは、あと三泊するそうです。若い頃、結構スキーにはまったそうで、話を聞くとかなりの腕前のようです。奥さん達とも、その頃白馬で知り合ったそうです。(後で奥さんに聞いたら、その頃はまだきれいな体だったそうです)
私のキャリアを聞かれたので、「スキーはともかく、スノボはまだ三年です。滑り降りるのに不自由はしない程度で、スラロームはきれいにできません。歳なので、フリースタイルの危険な滑りはやりません。と、いうか、できません。」等と、今日の具合を話してみました。
ところが、彼らの表情が、急に険しくなったのです。
(やばい。何か気に障ることを喋っちまったか。)
その時、高校生の娘が口をはさんできました。
「おとうさん。私たち、スノボやりたいっ。」
(あ、これか)
「おとうさんより年上のおじさんもやってるのよ。ねえ。一緒にはじめようよ。」
少女たちの父親は無言で立ち上がりました。
ぎくっ
そのままお湯から出ると、流し場で頭を洗い始めます。表情がかなり険しいです。娘たちが話し掛けても、全く返事がありません。何か、まるで、すねてるようにさえ見える様子です。
もう一人の父親は、もうあきらめたみたいです。私にスノーボードのことをいろいろと聞いてきます。私は、三日あるのなら、家族そろってスクールに入って、初級からしっかり基礎を身に付けたほうがいいとアドバイスしました。三日もあれば、そこそこ滑れるようにはなるはずです。
いつのまにか、高校生の娘が、父親の背中を流しながら、甘えた声でおねだりしています。どうやらこちらも、押し切られてしまう様子です。テレビ番組でこんなのを見たことがあるような気がします。
ふと気がつくと、奥の老人たちが風呂から上がるようすです。このままいるとお邪魔虫になってしまうので、一緒に上がることにしました。入浴中の皆さんには頭をさげ、洗い場の彼には「お先に」と、背中に声を掛け、横を通り過ぎました。彼は何も言いませんでしたが、娘に呼び止められました。両手で握手を求められ「おじさん、ありがとう。」と、礼を言われました。振り返ると子供たちが手を振っています。
脱衣所に入ると、数人の若者がうろうろしています。風呂に入ろうとして、刺青に気がついて、二の足を踏んでいるといった様子です。様子を聞かれたので、取り込んでいるようなので、三十分くらいしてからの方がいいだろうと答えておきました。自然と彼ら親子に少し気を使った話し方になりました。
その後、一週間ほどは、いい天気でした。彼らはスノーボードをやったのでしょうか?ちょっぴり怖くて、妙に関心して、何かほのぼのとした、いつまでも記憶に残りそうな体験でした。